みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

「休職=逃げ」ではないと声を大にして言いたい

昨日なんとなく眠れずにいたところで見つけたこの記事。
kirimin.hatenablog.com
コロナ禍におけるフルリモートの環境についていけず休職を決意したとのこと。すごく勇気のいる、そして賢明な判断をされたと思う。

しかしブクマコメントには非難するようなコメントも多々見受けられ、やはり世間的には「休職=逃げ」「自分に甘い」と認識されているのだなあと感じて悲しい気持ちになった。

在宅勤務が推奨されるものの…

わたしはフルリモートではなく、緊急事態宣言下においては週1出社、宣言解除時は週2〜4出社という働き方をしている。
個人の業務だけを見ればフルリモートでも可能ではある。社内手続きに紙のやりとりが残っていること、また問い合わせの電話をオフィスで受ける必要があることから、チーム内で出勤する人とリモートの人との人数を調整するような運用になっている。

わたしは正直なところ在宅勤務があまり好きではない。通勤時間がかかったとしてもできるだけオフィスで仕事をしたいと、特に最近強く思うようになった。

引っ越しをするまでは「在宅勤務が苦手なのは部屋が仕事をするような環境になっていないせいだろう」と思っていた。ちゃんとした椅子と机、大きいディスプレイ、入力しやすいキーボードを用意することができれば、在宅であってもオフィスと同じくらいに仕事が捗るものだと思い込んでいた。

しかし当初想定していた「快適な机と椅子」「作業しやすいディスプレイ」「入力ミスの起こりにくい入力機器」を用意しても、在宅勤務はやはり苦手なままだった。いつしか出社する日を待ち遠しく感じるようになっていった。

皮肉にも自宅を仕事のしやすい環境に整えることにより、「そもそも自分は在宅勤務に適応できないタイプだった」と気づいてしまったのだ。

適応障害を発症したときのこと

先日、わたしが過去に適応障害になったときのことを記事にした。
mywk6.net
わたしは本来自分で手を動かす方が好きだし向いていると思う。当時の上司がそんなわたしをただ「人手が足りないから」という理由でプロジェクトマネージャの立場に置いてしまったところから不調は始まっていたのかもしれない。
はじめは「ちょっと苦手な仕事だけど頑張ってやってみよう!」と意気込むのだが、そもそも向いていないのでどこかで綻びが生まれる。「ほんとうはできるはずなのに」「こんなはずでは」と思えば思うほどドツボにハマり、小さな綻びはやがて大きな穴と化す。やがてその穴に飲み込まれ、まったく仕事ができなくなってしまう。

適正に合っていない仕事をすることでも適応障害を発症し得るだろうが、適していない環境で仕事を進めていくこともまた同じなのではないだろうか。

適した環境は人それぞれ

机と椅子、パーテーションなどを駆使して自宅を快適な仕事場にすることは個人の努力でも(お金はかかるものの)取り組めることではある。しかし「雑談ができない」だとか「仕事の空気感がわからない」だとかの問題点は、個人の努力でどうこうできる問題ではない。それに雑談しながらの方が仕事が捗るという人もいれば、無音の中で黙々と仕事をしていたいという人もいる。

ほんとうの「働き方改革」というものは、一斉に勤務時間を減らしたり在宅勤務に切り替えたりするということではなく、各個人の特性に合わせて好きな環境で仕事の環境や業務時間を選択できることを指すのではないだろうか。
例えばフルリモートにしてオフィスは閉めてしまうということではなく、「オフィスは開けておくから出社したい人はしてもいいよ」とするだけでも、会社全体の生産性が上がる可能性はあるだろう。

人の動きを抑制することはもちろん大事なのだろうが、この記事でも書いたとおり一度精神的な病にかかってしまうとその後数年にも影響が及んでしまう。
mywk6.net
強制的に働き方を変えてしまったことによるこころの影響は、終息してから数年後に大きく出てしまうことも予想される。

休職は立派な生存戦略

この方はコロナ禍が落ち着くまで休職を決断された。ご自身をきちんと観察して休むという選択肢を選べたということだけでも素晴らしいと思う。
それも急に休むというわけではなく、きちんと仕事を調整されて迷惑のないようにされていたようなので、この方は(他の記事を見てもわかるけれども)とても真面目で優秀な方なんだろう。だからこそ「こんな状況だけどこれまで通りやらなきゃ」と抱え込みすぎてしまったのかもしれない。

そんな方の心の叫びのような記事に対して批判的なコメントがつくこの世の中がとても悲しい。
適した仕事が人それぞれであるように、働き方も人それぞれであっていい。世の中はもっと寛容であってほしい。

「休職=逃げ」と捉える人は、休職しなければならないほどに追い込まれたことのない、幸せな人なのだろう。うらやましいと思う。
一度休職した身からすれば、休職するということは本来の自分を取り戻すための生存戦略だ。

日本で暮らす限り、税金を納めなければならない。税金を納めるためには、働かなくてはならない。それはわかっている。
しかし税金を納めるためならば、本来の自分をなくしてもいいなんてことはあり得ない。本来の自分を取り戻すためなら、少しくらい休む期間があったっていい。休まなければならないほどに十分頑張ってきたということなのだから。

わたしの「働き方改革」

わたし自身も在宅勤務には向いていないとわかった。しかし6月いっぱいまでは週1出勤が続きそうで、まだまだ在宅勤務が続いていくことになる。
職場も仕事内容にも不満はなく、休職したいと思うほど苦しんでいるわけではないが、それでも今のうちに何か手を打つ必要はあるように感じている。
物理的な環境だけでなく心理的な環境ももう少し改善できないか、個人でできる範囲でいろいろと試してみたいと思う。