みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

正直、外出を自粛したくなくなる気持ちもよくわかる。

GWまっただ中の土曜日、いつも飲んでいる薬がなくなったので通院のため梅田へと向かった。

いつも通りに問診を終え薬を受け取り、ちょうど昼頃だったということもあり昼食でも食べようかと地下街へ向かったのだが、緊急事態宣言下だということもありほとんどの店がシャッターを閉めていた。飲食店街はすべて閉店、というのが地下街全体の方針だったのかもしれない。
梅田阪急も、ルクアも、グランフロントもすべて閉鎖。駅前の商業施設がほぼ閉店しているということもあり、人出はいつもより少な…

というわけではなかった。
コロナ禍以前の梅田の街を知っているわたしから見ても、「ああ、いつもの梅田の人通りだな」と感じる程度には人の姿が見受けられた。


ニュースなどでも「人の動きが去年より増加」という言葉をよく見かけたこのGW。
わたし自身はこの通院と、食料品の買い出し以外には外に出ない日々を送っていたのだが、正直なところこの緊急事態宣言下でも友人と出かけたくなる気持ちはよくわかる。

わたしも含め、皆が政府や自治体に振り回されすぎて疲れている。
「どうせまた延長するんでしょ」
「我慢を強い続けるだけってのはちょっと違うんじゃないの」
「この一年政府は何をしてきたっていうの」
わたしの心の中にもそんな気持ちはもちろんある。わたしは友人がいない独り身だし、外出したところで閉まっている店も多く、空しくなるだけだとわかっているので時間の無駄だ。それだけ。政府に対する不信感が募っていることもあり、政府や自治体の要請に従って自粛をしているというつもりは毛頭ない。

でも本当のところは東京に行って、馴染みの店に顔を出してくだらない話がしたい。東京駅の近くにある中華料理屋の麻婆豆腐だって食べたい。ANAのマイルもずっと貯まりっぱなしで使う機会がない。せっかくならそのマイルを使って遠出して、ぱーっと美味しいものでも食べに行きたい。

家の環境をよくしたり、家でできることを増やしたりするというのはゲームでいうなら「縛りプレイ」をしているだけのこと。縛りがないのがゲームの本来の姿であり、縛られ続けていれば次第に飽きがくる。「このゲーム、本当はもっと面白かったはずなのにな」と思い返す瞬間が訪れる。ゲームはやめられても、この生活はそう簡単にやめられない。不平不満が心の底にずっとたまり続け、心を蝕んでいく。


変異種や医療現場の逼迫などといった現在の状況は重々承知の上で、それでも「自粛したところでどうせ状況はよくならない」という諦めにも似た感情が生まれているようにも感じられる。路上で酒を飲む人、大勢でバーベキューをする人などは「自分は感染しない」と考えているわけなのではなく、自暴自棄になっているとみることもできるのではないだろうか。彼らの行動を肯定するつもりはないが、同情する気持ちがあることは否めない。

せめて「この日になれば旅行もできるし、飲み会もできるようになる」といった明確な目標があればじっと我慢できるのかもしれない。あるいは給付金を再度支給するか、だろうか。出口の見えないトンネルをただじっと我慢して歩き続けるというのはなかなかに厳しいものがある。


このままの生活がまた1年、また1年と続けば、わたしも自暴自棄になってしまうこともあるかもしれない。趣味はほとんど奪われ、行動に制限がかかり続け、まったく思い通りにならない人生ならもう…と考えることもあるかもしれない。今の日本には、そんな危うさが満ちているように思う。