みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

親の無理強いで子に歯列矯正をさせるのは虐待ではないのか?

「親の意向で子どもに整形手術を受けさせた」ことは虐待だと受け止められるだろうが、一方で「親の意向で子どもに歯列矯正をさせた」ことは虐待だとは認識されずむしろ歓迎されている傾向にあるように感じる。

しかし本当にそうだろうか。
整形手術にしても歯列矯正にしても、子どもの顔や骨格に影響を与え、かつ痛みも与えるものであることに変わりはない。しかしながら後者は「子供の将来のため」と言われてしまうのはなぜだろうか。
確かに、噛み合わせに不具合があると頭痛や肩こりの原因になるということはよく言われていることではある。だが、成長しきっていない子どものうちに慢性的な頭痛や肩こりの症状が出るということはあまりないように思われる。そのような症状が出るころには子ども自身の自我が芽生えており、子ども自身の意志で歯並びをきれいにしたい、見栄えをよくしたいと思うようになるのではないだろうか。

前置きが長くなったが、この記事は「本当は歯の矯正などしたくなかったのに親のエゴで無理やり矯正をさせられた子ども」の立場から意見を述べたものになっている。
子どもの歯並びが悪く、歯列矯正を受けさせるかどうか迷っている…という親御さんがいらしたら一度目を通し、そして考えてみてもらいたいと思う。

歯並びが悪い女性を極端に嫌う母親

これまた毒親の話になってしまって恐縮だが、母親はとにかく「歯並びの悪い女性」を毛嫌いしていた。それはもう、歯並びの悪い女性に最愛の人を殺されたのではないかというくらいの嫌い方だった。
八重歯のあるようなタレントがテレビに出ると「ほらあの子、あんなきったない歯並び!ほんとみっともない」「よくあんな顔でテレビに出られたわ」「顔を見てるだけでイライラする」などと言い出す。鼻の下のひげすら処理していない自分の顔を見てから言ってほしいと思う。
母親は歯並びがよく若く見えることくらいしか取り柄がないので、そこでマウントを取りたがっていたという面もあるのかもしれない。

母親はというと、歯そのものは不健康*1なものの歯並びだけはとてもよかった。歯医者の広告かのような並び方になっていた。一方そんな母親から生まれた娘のわたしはというと、顔は母親似だというのにとにかく歯並びだけがよくなかった。
生まれつき顎が細かったので両側に八重歯があり、下の歯は互い違いに前と後ろにずれている。そんな状態になってしまった娘の顔を母親は特に気に入らなかったらしく、10歳くらいになった頃から歯列矯正をさせられることになった。

苦痛の日々

経験したことがある方ならおわかりだろうが、歯列矯正には常に苦痛が伴う。
他人から見える部分に歯列矯正の金具をつけられる。定期的に金具を締められ、噛みしめるときの痛みで豆腐以外何も食べられなくなる。金具と歯の間に食べ物のカスが詰まるので念入りに歯を磨かなくてはならない。そして、「こんなのもう嫌だ」と音を上げると「あんたの歯に何百万かけてると思ってんのよ」と脅迫される。……わたしは一度たりとも「歯並びが悪いのが嫌だから矯正をしたい」とは言ったことがない。すべて親の意向だけでことが進められている。これが虐待以外の何物だというのだろうか。

むしろわたしは自分の八重歯が気に入っていた。八重歯がだんだん下に下がってきて、犬歯っぽい尖った部分もなくなったあたりで「なんだかかわいくなくなったな」と感じたのだが、両方でなくとも片方の八重歯は残っておいてほしかったと思っている。今でも、八重歯のあるタレントを見るとかわいいな、いいなあと感じるのでやはり憧れている部分はあるのだろう。
自分にとってチャームポイントだと思っていた部分を、親のエゴで無理やり奪われてしまうというのは辛いものがある。思春期から長らくの間自分の顔に自信がもてなかったのは、親から「歯並びの悪い女=お前はブス」と教え込まれたことと、自分がチャームポイントだと思っていた部分を奪われてしまったことにあるのかもしれない。

そこに子どもの意志はあるのか

歯列矯正に関する意見を検索などしてみると、圧倒的に多いのは「歯並びが悪いのが嫌なので矯正をしたいが親がお金を出してくれない」というもので、わたしとは逆のパターンだ。わたしのパターンにしろ一般的なパターンにしろ、考えなければならないのは「親のエゴで子どもを振り回してはいないか?」ということだ。

子どもは、未熟だとはいっても個別の人格であり彼ら自身の人生を生きている。
親になる資格のない人間はそこを理解しておらず、子どもを自らの所有物のように扱ってしまう傾向にある。それゆえ自分が気に入らなければ整形や歯列矯正で我が子の顔を変えようとしてしまうし、自分が使う金を子どもに与えたくなければ子どもの未来のために投資しようとはしない。歯列矯正を無理強いするケース、矯正の費用を出し渋るケースのどちらにも、その親が親になる資格を得ていないという問題点が潜んでいる。

子どもが自らの希望を告げたとき、親はその希望をありのままに受け止めてはいるだろうか?
「子供のいうことだから」と甘く考えてはいないだろうか?

もちろん、人生経験がない分誤った判断を下してしまうこともあるのかもしれない。しかしその責任は最終的に彼ら自身に取らせればいいわけで、ただ親だからという理由だけで子どもの意見をすべて却下していいものではないと思っている。せめて、「なぜそうしたいのか」をじっくり聞くくらいはしてあげるべきなのではないだろうか?

親のエゴにより後悔したこと

わたしは今、親が無理やりさせた歯列矯正のせいで奥歯に変な隙間ができてしまい、下の前歯は元の並びに戻りつつある。葉物野菜や鶏肉の筋などはすべてこの隙間に挟まってしまい虫歯にもなりやすく、食べにくい食材も一気に増えてしまった。もうちょっとまともな医者に頼むか、あるいはちゃんと骨格が出来上がる10代後半から始めていればここまで失敗はしなかったのではないかと感じている。

これは親も、矯正を担当した歯医者も、誰も責任を取ってはくれない。矯正のために300万かかったと聞いた*2が、大半が無駄金だったのではないかと感じている。
しかし矯正の損失はお金だけには留まらない。わたしは10歳〜20歳まで*3ずっと矯正の器具とともに生活してきた。青春時代の貴重な時間を通院により無駄にし、継続して肉体的・精神的苦痛を味わうことになった代償はとても大きい。親にとっての痛みは懐だけで、その他の痛みは子どもが全部背負ってしまうことになる。

それでも、ほんとうに子どもに歯列矯正を勧めるのだろうか?
親子ともに後悔のない選択ができるのか、互いにちゃんと向き合って考えなければならない。矯正が成功しても失敗しても、その結果は矯正を受けた本人に一生ついてまわるからだ。

一生を左右するものだからこそ

毒親からこれまで様々な精神的苦痛を与えられてきて、心に刻んだことがある。

「子どもが希望しない、一生ものの事案を親の一存で決定してはならない」。

これは歯列矯正にしてもそうだし、進学や就職、結婚に関しても同様である。
時間は常に未来へ向けて一方向に進むものであり、やり直しはきかない。またたとえ親子の関係にあっても、他人の人生を自分の思い通りに動かすことはできない。ひとにはそれぞれ自由意志があるからだ。他人の自由意志を抑圧し、自分の意見を通そうとすればどこかで破滅を迎える。わたしの場合は「親を棄てたこと」がその破滅にあたるだろう。彼らは永遠に娘からの愛情を受け取ることができなくなった。それは相応の抑圧を娘に対して行ってきたためであり、これからどれだけ関係修復を望んでも覆ることはない。自身が壊してしまった時間はもう取り戻すことができないのだ。

これからの家族関係を壊してでも、自分の意見を通すのか。
家族全員で幸せな道を進むために、互いの意見を尊重するのか。

どちらがより人生の幸福度を高められるかは、火を見るよりも明らかなのではないだろうか。

*1:のちに一部の歯をインプラントにしていたのでボロボロだったのだろう

*2:現在は高くても100万程度とのこと。ただの脅し文句かもしれないが、当時のヤブ医者ならそのくらいぼったくった可能性はある

*3:明らかに時間がかかりすぎているように思うのだが…