みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

画面の向こうより、いま目の前にいる相手を

昨日「不携帯電話」というエントリを上げたが、その記事を書きながら思い出したことがある。
mywk6.net
わたしがスマホゲーム、とくにソシャゲに分類されるものを毛嫌いするようになったきっかけの話だ。

わたしとゲーム

昔からゲームは好きだった。特にセガサターンの「NiGHTS」は本当に気が狂うほどやりこんだ。結局専用コントローラーが壊れるまでやったような気がするがそれくらいひとつのゲームにのめり込んでしまうタイプだった。
特にアクション・アドベンチャーやパズルゲームが本当に好きで、目を瞑ると瞼の裏にテトリスが…みたいな体験もよくしていた(笑)。ゲーマーあるあるな気がする。

社会人になってからは所有ハードはPSPとPS3だけになり、やり込む時間も減って自然とゲームから遠ざかっていった。とはいえ当時の友人達は皆オタクだったこともあり、話のついでに新しいゲームを教えてもらったりすることはよくあった。わたしがソシャゲと出会ったのも、確かそういう流れだったように思う。

今から4年ほど前のことだっただろうか。当時わたしはとあるリズムゲーム系ソシャゲAをメインにしつつRPG系のソシャゲBをプレイしていた。
特にAについては月に5万円を溶かしたりするほどの廃課金勢で、このゲームによってわたしの借金が悪化したといっても過言ではない*1。対してBは少し課金してのんびりプレイするくらいの熱量だった。
ちなみに知名度も人気もA<<<<<<<<<Bで、Aはリリースから3年持たずにサービス終了したのでなおさらあの課金が本当に悔やまれる…。

あまり追い立てないで

ソシャゲBにあまり熱が入らなかったのは、そもそもRPGなので文章をしっかり読まなければならないこと、レベルを上げるためには毎日こつこつ時間をかけなければならないこと、そしてある年の年末のイベントで「年末までに必ず第1部を終わらせなければならない」というような圧力がかけられてしまったことにある。

当時のわたしは仕事を全部丸投げしてくる上司に苦しめられていつも疲弊しており、とてもじゃないが文章をしっかり読まなければならないようなゲームを開く気にはなれなかった。「ゲームなんかしてる暇あったらゆっくり寝たい…」というのが本音だった。
Twitterなどで周りの様子を見るとみなそのイベントを楽しんでいる。「ゆかさんも早く終わらせなよ!」とゲーム内のフレンドにせっつかれる。今となってはその時に辞めてしまえばよかったとも思うのだが、いわゆるアタリ垢というものなのかガチャの引きがやたらよかったためになかなか辞めるという勇気が出なかった。結局そのイベントは時限までに終わらせることができず、わたしはフレンドたちから一気に置いていかれるようになった。

一方のソシャゲAはというと、ガチャの改悪は続いたもののイベントの難易度はとても低く、とりあえずログインしてしばらくプレイすれば報酬は獲得できるような状況だった*2ので細々と続けられていた。
そんな状況であればなおさらAの方に没頭してしまうと思う。そしてガチャの改悪によりますます課金額は増え、泥沼状態に陥っていた。抜け出したくても、これまで課金した金額を思うと抜け出すことができない。ここに課金制ソシャゲの恐ろしさがある。

久しぶりの飲みなのに…

そんな中、話の流れで友人と3人で飲みに行くことになった。
この友人は10年ほどの付き合いがあるオタク仲間で、普段はTwitterで会話しながらも不定期に飲みに行くような間柄だった。そして3人ともソシャゲBをプレイしていた。わたしは前述の通りゆるゆる進行だったが、友人たちはいわゆるガチ勢で全部のイベントをきれいにこなしているようだった。

飲み会の日はたまたまソシャゲBの新イベントの開始日だった。これがよくなかった。
友人たちは飲み屋のテーブルにつくなり、スマホを取り出して新イベントのガチャを引き始めた。
飲み物を頼んで乾杯をしても、その後はずっとスマホを見たまま。わたしが話しかけようとしてもガチャの結果に一喜一憂しているので割って入ることもできない。そしてガチャを引き終わったかと思ったら今度はイベントをやりはじめた。参加要件を満たしていないわたしは、ガチャを引くことはできてもイベントのページには入れない。楽しそうにプレイするふたりの様子を、わたしは凍りついた笑顔で見つめるばかりだった。

結局その日はほとんど話をすることもなく、ただ食べるだけ食べて解散となった。

画面の向こうがそんなに大事ですか?

この出来事があって以来、わたしはこのふたりの友人との距離を置くようになった。

ゲームでも交流がある間柄ではあるので、ゲームをやりながらというのでも構わないとは思う。だがそれはその場に集った3人が一緒に楽しめるのであれば、という話なのであって、誰かが輪に入れないのであれば控えておいてほしい。ゲームは家に帰ってもできる。だが目の前にいる人とはもしかしたらもう会うことも話すこともできなくなってしまうかもしれない。それでも本当にいいというのだろうか?

それとも、わたしは彼女たちにとってゲームより価値が低い存在だったというのだろうか。だというのならいっそのこと飲み会なんて断ってほしかった。一緒にいるのに輪に入れない。これほどまでに悲しいことがあるだろうか。

友達と面と向かって話すのは少し気恥ずかしい。そんな思いもあるのかもしれない。
だが、画面の向こうと、今こうしてあなたのために時間を割いてくれている相手とどちらが大事なのか。一度振り返って考えてみてほしい。

この出来事以来、わたしは人と会うときにはスマホを触らないようにしている。
時間というものはすべての人に平等だからこそ、その貴重な時間を自分のために使ってくれる人のことを大事にしたい。相手のことを知りたい、相手を楽しませたいと考えていたら、スマホに気を取られる時間なんて一瞬も存在しない。

逆に、スマホに気を取られてしまう程度の相手と会う時間を作るのはもったいないようにも思う。
時間は有限で、誰にでも平等だ。だったら、今自分が過ごしている時間の価値を一番高めてくれることがしたい。自分のことをまっすぐに見てくれない人と会う時間が、自分の時間の価値を高めてくれるようにはとてもじゃないが思えない。

画面の向こうを見ている時間が、本当に価値のあるものなのか。
相手の時間の価値を奪ってしまってはいないか。
わたしはこれからも「時間の価値」を意識して、目の前の相手を大事にして、生活していきたいと思う。

*1:今思うと本当にバカだった

*2:そもそもプレイヤーが少ないから、という説もある