みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

ブログというセラピー

毒親に関する記事をいくつか書いてみると、自分の心境に変化が生じていることがわかった。
自分の中にある罪悪感、怒り、悲しみ……そういったものが文章とともにスッと溶け出していくようなそんな感覚がしたのだ。

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吐き出せなかった感情

夜逃げ同然の状態で実家を飛び出してから、わたしはずっと親を憎む気持ちと戦い続けていた。
仕事をしているときだけは、目の前の作業に集中すればいいので悩みを忘れられる。しかし業務時間が終わり、家に帰ってから翌朝職場に着くまでが地獄だった。「わたしは孤独だ」「誰からも愛されなかった」「なぜあんな家に生まれたのか」など、考えても仕方がないことをずっとぐるぐると考え続け、泣き腫らした顔で出社することもあった。
悩み続ける日々は1ヶ月ほど続いたように思う。毎日塞ぎ込んでいて、重苦しい気持ちから早く抜け出したいともがき苦しんでいた。
「絶望読書」を読んだ今となっては、その暗黒の1ヶ月間は必要な期間だったと感じている。約30年間も信じ続けてきた両親から裏切られていたことを知ったのだから、もう少し長く絶望に浸っていてもよかったのではないかと思うくらいだ。

絶望読書~苦悩の時期、私を救った本~

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  • 作者:頭木弘樹
  • 発売日: 2016/07/01
  • メディア: Kindle版

その頃のわたしは頭の中で考えを巡らせるばかりで、紙なりブログ*1なりに出来事や自分の感情を書くようなことはしていなかった。紙に書くと後に残ってしまうし、ブログは推しのライブレポがメインになっていたから、急に暗い話を書きづらかったということもある。

あれから2年近く経過し、こうして再び書く場所を手に入れたこと、ようやく頭の中が整理できてきたことを機に毒親との戦いについて書き残しておこうと思い至ったのだ。

「非難されるかもしれない」という呪い

このブログをはじめるに当たって、決めていたことがある。
それは、「非難を恐れず、感じたことを素直に書く」ということだ。

毒親からずっと「神経質すぎる*2」「短気を直せ*3」「気難しい奴だ*4」などひたすら人格を否定されて育ってきたために、これまではブログにしろTwitter*5にしろ「できるだけ他の人に不快感を与えないように」ということを考えながら記事を書き綴っていた。そのため書き口が無難なものになり、結果として全く面白みのない文章ができあがってしまっていた。
本当の自分の意見を隠し、抽象的な表現のみ*6で書かれた文章が他人の心に響くわけがない。書いている本人としてもそこに楽しみはなかった。恐怖心とともに行う作業なんて楽しいとはとても思えないだろう。
やがて書くことが重荷になってしまい、更新が止まり、そしてそのままブログを閉じることになった。

当時の記事はバックアップも含めすべて消してしまったのでどこにも残ってはいないが、この「みやわきろく[再]」の記事と比べてみたならば、このブログの記事の方がよっぽど人間味があり、生き生きとしているように感じるだろう。今のところ非難するようなコメントもメールもきていないし、何も恐れることはなかったんだ、と胸を撫で下ろしている。たまに「この人、本文ろくに読まずに脊髄反射でコメントしてるな…」と感じるコメントはある*7が。

親ですらわたしのことが嫌いだったのだから、インターネットという広大な世界の中にもわたしのことを嫌う人はごまんといる。しかし嫌いな人のことを常に監視し、小さなことでわざわざ揚げ足を取り、嫌がらせをする日々を送るほど人生は長くない。大多数の人は自分の人生を幸せに生きることに精一杯で、他人に構っている暇はないのだ。
わざわざ誹謗中傷をするような人たちは、よっっっっっっぽど暇で、日々が満たされておらず、自分は他人を非難する権利があるとなぜか思い込んでしまったかわいそうな人たちだ。今ではそう認識している。

温かいことば

「親にすら嫌われていた」「大多数の人は自分のことで精一杯だ」そう認識しているからこそ、ブログのコメントやブクマコメントでいただいた温かいお言葉が胸に沁みるようになった。特にブクマコメントの場合は返信ができないこともあり、この場をお借りして改めてお礼の言葉を述べさせていただきます。お気遣いのお言葉、本当にありがとうございます。
特に毒親の話をする際、本やネットで見られる毒親の事例に比べるとわたしの親の事例がとても軽いものに見え、「この程度で毒親扱いしていいんだろうか」と迷う部分もあった。
「でも殴られたわけじゃないし」「食べさせてはくれていたし」という考えが頭をよぎり、手が止まってしまうこともあった。それこそが親の呪いというものなのだろう。
それでも、コメント等で「大変でしたね」とお言葉をいただくことで、「やっぱり自分は間違っていなかった」と感じることができた。親を棄てるという自分の選択に後悔はない。ないけれども、ふと不安がよぎって、誰かに後押ししてもらいたいときはやっぱりある。今回このブログを通して、自分の選択を後押ししてくれる人はちゃんといるんだとわかった。これはわたしにとってとても大きな収穫だった。

「書く」と気づくこともある

先程も書いたが、嫌いな人のことを常に監視し、小さなことでわざわざ揚げ足を取り、嫌がらせをする日々を送るほど人生は長くない。もっと言うなら、短い人生の中で嫌いな人に時間と脳のリソースを割くなどもったいない以外の何物でもない。毒親についての感情はあの記事の中で大部分を吐き出したので、これから先は嫌いな人のことにリソースを割かず、自分の周りにいる優しい人たち、好きな人やもののことだけを考えるように意識していきたいと思う。

それから恋愛に関しても、思いを書き出してみると「別にこれまで誰からも愛されなかったからといってわたしの価値が下がるわけじゃなし」という考えに切り替わっていくのを感じた。
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むしろこれまでは自分自身が殻に閉じこもっていて誰にも本心を見せないようにしていたから、単に誰もわたしのことが見えていなかっただけじゃないかとも思うようになった。例の好きな人については「こんないい女に好かれてんのにスルーなんて、よっぽど自分に自信がないんかな」くらいにまで思っている。言いすぎ?笑

書いてみて気づくことは多い。特にブログだと読み手に伝わるよう書く必要があるので、出来事や感情を整理して言語化することになる。すると、出来事の裏に潜んでいた自分のほんとうの感情に気づく瞬間が出てくる。「書く」ことがセラピーの手段としてよく使われているのはこのためなのかもしれない。

毒親に関してもそうだ。あれだけ言いたいこと、書きたいことが出てくるのはわたしが紛れもなく両親を愛していたからなのだと改めて気付かされた。愛されていなかったのだと理解するのに30年近くもかかってしまったのは、愛されていないという事実を知りたくなかったからだろう。今でもたまに、両親が自らの行いを心から反省してくれることを期待する瞬間がある。正しい親子関係に戻りたい気持ちがないわけではない。だからこそ苦しい。

心を癒やすための執筆活動

ブログで執筆する理由は人それぞれにある。わたしの場合、最初はストイック生活の記録を残すためというのがあった。毎日更新していくうちに「書きたい」という気持ちが膨らみ、そしてそれは自分に対する癒やしの活動になっていった。
友人・知人にはできないような少し重い話も、ブログになら気兼ねなく残すことができる。わたしの心にはまだ複数の傷が残っている。わたしはこのブログを、それらの傷を癒やすために活用していきたいと思う。そしてこのブログをできるだけ長く残していきたい。わたしと同じような傷を抱えた人が、「自分はひとりじゃない」と気付けるように。

*1:このブログの前身

*2:朝4時に隣の部屋でガタガタ準備されたらそりゃ起きるだろ

*3:今となっては「そんなこと言える口か?」としか思わん

*4:毒母の思い通りに動かない人は皆こうジャッジされる

*5:合わないのでアカウントを消した。もうやりたくない

*6:例えば「エモい」を多用するとか

*7:承認せず削除しています