みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

年の離れた妹について思うこと

みやわき家の毒親シリーズ(?)は今回で最終回となります。
最終回は一番重い、母の妊娠・出産に関する話で締めくくらさせていただきます。

正直この話は自分でもまだ整理ができてなくてあまり書きたくなかったのですが…
ここで書いておかないとずっと抱え続けてしまう気もしたのでこの機会に。

これまでの毒親シリーズはこちらから
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母の望まない妊娠

「なんか最近気持ち悪くて、更年期障害かなと思って婦人科に行ったの。そしたら妊娠してるって」

母のこの一言から、わたしの人生は大きく狂ってしまった。

当時わたしは15歳で、確か高校に入学したばかりの頃だったように思う。両親はともに45歳前後だった。わたしは「あんな年の両親に子どもができたなんて気持ち悪い」という思いと、「生まれてくる命は尊い、だから大事にしなければならない」という価値観との間で揺れ動いていた。
高校生ともなれば、どうすれば子どもができるかくらいわかっている。しかも親はいけしゃあしゃあと「避妊に失敗して」などとのたまったものだから余計に嫌悪感が増した。わたしが恋愛に一歩踏み込めなくなってしまっているのも、この頃抱いた嫌悪感が影響しているのかもしれないとすら思う。

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これまで書いてきた通り、わたしの親、特に母親は自分のことしか考えていない、考えられない人間だ。
だーいすきな夫との子どもがまたできちゃった♡という脳内お花畑満開状態でいたためか、それとも生物としての本能がそうさせたのか、彼女は周りの反対を押し切ってその子を産むことに決めた。一応わたしたちきょうだいにも産むかそれとも堕ろすかの意見を聞いてきたのだが、産む気満々の親に対して子どもの立場で反対意見など言えるだろうか?反対意見というものは普通の親にもなかなか言いにくいところだと思う。その上でみやわき家の親は自分の意見が通らなければヒステリックに泣きわめくような人なのだから、「気持ち悪い」など決して言えるはずがなかった。

そして母は妊娠中毒症になったりといろいろあったものの何とか妹を出産した。妹が生まれるその日、わたしは帰りのホームルームだけを早退させてもらって病院へ駆けつけた。母は安心していたのか感動したのかひたすら泣きじゃくっていたが、感動に震えている母とは反対にわたしの心はどこか冷めていた。妹とはいっても、歳が離れすぎているのでそんな実感は持てずまるでテレビの向こう側の世界のように感じられていたのだ。

壊された学校生活

わたしが早退した後で担任の先生が「みやわきさんは妹さんが生まれるので帰りました!」と堂々と言ってしまったらしい。翌日クラスメイトから聞いて愕然とした。妹が生まれる=母親が出産する=母親がもういい歳なのにセックスをしている*1 ということを言いふらされてしまったことになる。当然、一部の心無いクラスメイト(主に男子)からは「おまえのかーちゃんってさあ…」とニヤニヤしながら言われ、ますます傷ついた。そういう冷やかしには何を言い返しても燃料になってしまうので、ただ黙っていることしかできない。
自分のせいではないことでなぜここまで傷つかないといけないのだろうか。楽しいはずの高校生活が、その日から徐々に崩れ始めていった。

やがて母親だけでは育児に手が回らなくなり、わたしもミルク作りやおむつ替え、家族の食事の支度など家事に駆り出されるようになった。
事情を説明して部活は休ませてもらっていたような気がする。友達が楽しく部活に取り組んでいたり、遊びに行ったりしているのを羨ましく思っていた。もちろん恋愛もする暇はなく、その頃の恋愛に対するあこがれを20年近く経った今でも引きずり続けている。

わたしと妹

それから20年近くが経った。結局、わたしと妹はほとんど話をしないままわたしが家族との縁を切ってしまった。
妹が小学校に入るよりも前に実家を出てほとんど会う機会がなかったということもあるが、一度出戻ったときも会話らしい会話をほとんどしなかった。それはお互いによそよそしい空気が残り続けてしまっていたからだろう。

正直なところ、わたしは妹が好きではない。
彼女に罪はないとはいえ、「彼女がいなければわたしはもう少し楽に生きられたはず」という思いが拭えない。そしてそんな思いを抱いてしまう自分が嫌で仕方がない。彼女と一緒にいるとふたつの思いに心を蝕まれてしまうことから、自然と距離を置くようになっていたのかもしれない。
彼女も同じように距離をとっていたのは、そんなわたしの思いに気づいていたからなのだろうか。それとも、母親からわたしの悪口をずっと聞かされていたからなのだろうか。真実は闇の中にあり、二度と浮かび上がることはない。

本来は喜ばしいことなのだが

本来喜ばしいと思えるものであっても、やはり時や立場でどうしても喜ばしいと感じられないことはある。妹が生まれてからの時間は、わたしにとって罪悪感と戦う時間だった。あんな子いなければよかった、いやそんなこと思っちゃいけない。この文章を書いている今も、妹を愛せなかったという事実に苦しめられている。

「きょうだいの相性」だけでは済ませられないどろどろとした気持ちを抱えたまま、わたしは妹の前から姿を消した。
本当は妹を愛したかった。だが過去のつらい記憶がそうさせてはくれなかった。せめてもっと家が裕福で、学校に通いながら育児や家事をする必要もなくて、担任が余計なことを言わなければもっと普通の姉妹のようになれたのだろうか。わからない。

毒は一生治らない

妹に関して今案じているのは、彼女もまた毒母の被害者であるということだ。
一度実家に出戻った際、妹の進学した高校に関して母から「お姉ちゃん*2のときに勝手に決めて申し訳なかったなあって思っとったのに、あの子でもまたやってもうてん!高校をあたしが決めてしもたんよね〜」といけしゃあしゃあと語られ愕然とした。

何も反省していないじゃないか、この女は。

「反省だけなら猿でもできる」と昔のCMにあったが、これでは猿にすら失礼極まりない。今すぐにモンキーパークで土下座してきてほしい。
自分たちの都合で進路を決めてしまって申し訳ないと思った。ならば二度と繰り返さないようにするのが「反省」ではないのか?
試しに「反省」を辞書で引いてみる。

はん‐せい【反省】 の解説
[名](スル)
1 自分のしてきた言動をかえりみて、その可否を改めて考えること。「常に反省を怠らない」「一日の行動を反省してみる」
2 自分のよくなかった点を認めて、改めようと考えること。「反省の色が見られない」「誤ちを素直に反省する」

なるほど、1)も2)も毒親には到底できないものだということがよくわかる。なぜなら、毒親は自分のしてきた言動が「否」であるとはまったくもって思わず、また「よくなかった点を認め」ることができないからだ。

進学以外に妹がどのような毒の被害を受けているのかはわからない。妹は母のコンプレックスを刺激する点もないことから、もしかしたら普通の親子のようになれているときの方が多いのかもしれない。妹がわたしのように生きづらさに苦しむようなことがないよう祈りたいと思う。

*1:それ自体を非難する意図はありません。ただ思春期の娘の立場からするとこう思えてしまうということです

*2:わたし