みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

なにも好き好んでひとりで生きているわけじゃないんだ

昨年の秋頃のこと。オフィス内で感染症の陽性者が発生した場合の消毒対応チームが社内で結成された。
消毒作業の手順説明のためメンバーは会議室に集められることになり、わたしも招集されていた。なぜわたしが選ばれたのだろう。そう思いながら待っていると、選考基準についてこう説明された。

「申し訳ないけど、独身で一人暮らしの人をメンバーとして選出させてもらいました」

なるほど合理的ではある。消毒作業に従事して感染してしまった場合のリスクを極力減らすという意図があったわけだ。
理解はできる。できるのだが、……どうしても納得できない自分もいる。わたしは好きで独身でいるわけじゃない。誰かと生きてみたかったのに、それができなかったがために今ここに集められてしまっている。

帰宅してからこっそり泣いた。誰とも人生をともにできていない自分が、ひどく惨めに感じられて仕方がなかった。

タイミングって何?

わたしはこれまで恋人ができたことがない。いわゆる「いない歴=年齢」のまま気づけば30代半ばに突入してしまった。

これまでの人生、たったの一度も恋愛に目が向かなかったというわけでもない。デートくらいならしたことはあるし、婚活に精を出していた時期もある。
だがそのどれもうまくいかなかった。理由はいろいろあるが、現在も含めて一番の障壁になっているのは「うまくいきそうになると何かしらの邪魔が入る」ことだ。

たとえば婚活パーティーでマッチングした人と一度食事に行き、今度はゆっくりデートしましょうということになる。日程を決めようとなったところで、わたしの仕事が忙しくなってしまい急に予定が立てづらくなってしまう。
仕事が忙しいときはだいたい精神がすり減っているので、休みの日とはいえ他人に会って笑顔で話をするというような余裕がない。そのため「ちょっと忙しいので、落ち着いたら連絡します」と返すしかなくなってしまう。案の定仕事が落ち着くことはなく、そのままフェードアウトしてしまう。
いくら期間をおいても、仕事量を調整してもそうなってしまうので、疲れ切ったわたしは婚活自体をやめてしまった。今から5年ほど前の話だ。

自分の力ではどうしようもできない外部からの圧力を受けてだめになってしまうパターンがあまりにも多すぎて、まるで「おまえには他人と生きていく権利はない」「一生ひとりで生きていく運命なんだ」「いい加減諦めろ」と天から告げられてしまっているかのようで、すっかり自信を失ってしまった。

そういうとき、慰めの言葉としてたいてい言われるのが「今はそういうタイミングじゃなかっただけ」というものだ。
「今は」と言われても、わたしはこれまで何度も何度もそのタイミングとやらに邪魔をされている。どのタイミングで動こうとしたとて、結局まただめになってしまうような気がする。「今なら絶対に邪魔が入りません」というタイミングがわかればいいが、そんなものがわかっていたら誰も苦労はしない。

高望みをしたつもりはなくて

これまで「親以外から愛された経験がない」ということが一番のコンプレックスだった。しかし実際は「親を含め誰からもまともに愛されたことがない」が正しいとわかり、心の傷がますます深くなってしまった。自分の親が毒親だったと知ったとき、一番堪えたのはここだった。
親ですら愛さないような人間を愛せるような人なんていないのでは?だからこれまでも、そしてこれからも孤独な人生を歩むことになるのではないか?ぐるぐると悩み、ひたすら泣いた。ただ悲しく、辛かった。

そして考えるうちに、「じゃあもうわたしに恋愛は無理だな」と諦める気持ちも生まれた。そもそも愛されたことがないのだから、愛し愛される恋愛なんてできるわけがないじゃないか。
仕事や勉強といった他のことは努力でどうにかできても、恋愛は努力が通用しないことの方が多い。せいぜい見た目を整えたり、感じのいい話し方を身につけたりする程度だろう。
努力の結果、雰囲気だけは「恋人がいそうな感じ」になった。しかし努力の成果があったかというとそうではなかった。努力しかできない、誰からも愛されないわたしが人並みに恋愛をすることなどできない。そんな気持ちが日増しに強くなっていった。

わたしはただ、周りの人たちと同じように普通の恋愛をして、愛されるという気持ちがどんなものか知りたいだけ。何も大富豪と結婚したいだとかそんな高望みをしているわけではない。「愛し愛される人生」が自分にもあっていいのだと思いたい。それだけなのだ。

タイミングの悪魔、ふたたび

何度か書いているが、わたしには好きな人がいる。

彼のことを好きだとわかってからは、たとえ親から愛された経験がなくてもひとを愛することはできるんだ、していいんだと、これまでになかった喜びを感じていた。恋愛ソングでうたわれる気持ちがようやく理解できるようになり、世界の解像度が一気に上がったように感じた。

彼のことをもっと知りたい、もっとゆっくり話をしてみたい。そんな気持ちから不器用ながらにアプローチじみたものもして*1、手の届かないような人ではあるけれどもほんの少しくらいは仲良くなれたかな*2、と思っていた。ゆっくりでもこのまま進んでいけば、もしかしたらお付き合いできるようなこともあるかもしれない…と淡い夢を描いてみることもあった。いかんせんこれまで恋愛とは全くの無縁だったのでどう進めればいいかわからず、思い切った行動に出る勇気はなかったのだが。

そこに現れたのが新型感染症だった。こちらは大阪、相手は東京にいるのでそう簡単に会うことはできない。会えそうなきっかけもすべてなくなってしまった。個人的に連絡が取れるような手段もない。八方塞がりの状態で今を迎えている。
そう、またどうしようもない邪魔が入って、「今じゃない」と言われてしまったことになる。しかも今回は本当に誰にもコントロールできないものが原因であり、何より終わりが見えない。身の回りを整えることに集中して1年間待ってみたもののまだ状況はいっこうによくなってはいない。

わたしには、愛される資格がないのだろうか。だからこうして愛を得ようとしたときに、いつもどうしようもできないような邪魔が入ってしまうのだろうか。

彼を諦め、愛されることをすべて諦め、ひとりで生きていくと決めた方が楽だとわかっている。これまで通り、ただ彼の幸せを願いながら生きていくだけなのだから。
でもまだ諦めたくはない。ここで諦めてしまったら、これまで頑張って生きてきてくれた過去のわたしが報われない。あなたにもちゃんと愛される資格はあるんだよと教えてあげたい。

いっこうに改善しそうもないこの情勢を見ながら、毎日そんなことを考え続けている。

*1:微妙すぎてそうと気づかれなかった疑惑はある…

*2:たぶん勘違い