みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

家庭内カースト最底辺にいた頃の話(後編)

別名「実家に出戻ったら実母から強烈な嫌がらせを受けた話」、後編です。
前編はこちら
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【あらすじ】
仕事のストレスで精神を病み、療養のため実家に戻ることにした「わたし」。
しかしその実家は職場よりもはるかにストレスの大きい場所となっていた。

やたらと引っ越しを勧める母

母の異常とも思える行動は夕食だけに留まらない。

実家はURの団地だったのだが、母はことあるごとに「URならすぐ引っ越せるって」「○○号棟の部屋が空いてるみたい」「○○に住みやすそうな部屋があるわよ」とわたしに勧めてくるようになった。実家に戻ってからまだ3ヶ月ほどの頃の話である。

引っ越しというのは体力も、精神力も使う作業だ。たった数ヶ月前に東京から必死の思いで引っ越してきて、新しい生活に少しずつ慣れようとしているところだというのにもう引っ越しを勧めるというのはおかしなことではないだろうか?繰り返すがわたしはまだ精神疾患を抱えている。前職を退職したからといってそんなにすぐに治るものではない。本当に「うつヌケ」を…読んだというのだろうか…???

普通は、という言い方はあまり好きではないが、事情を知っているのならば「今まで大変だったでしょう。気にせずゆっくりしてていいから」くらいの発言は出ていいものだと思う。しかしあの母にそんな他人を気遣うような言葉を求めること自体が間違いだった。

異常な言動の、その奥には…

彼女は他人の感情に共感する能力、他人の考えを理解する能力が極端に欠落している。
自分の基準、自分がこれまで生きてきた世界がすべてであり、自分の世界にないものは理解できないししようとしない。現代社会で他人と付き合っていくためには、まず相手の世界を理解し、そして自分の世界との差を理解して、落とし所を見つけながら寄り添っていく必要があるとわたしは感じている。しかし彼女はそれをしないまま60年以上も生きてきたらしい。年をとってますます自分の世界が凝り固められ、他人の世界を見ようともしなくなってしまった結果がこのような言動に表れてしまっているのかもしれない。

また、彼女はいつだって「自分が一番苦しい」という立場にいたいと思っている。「自分が一番つらい」とアピールをしない限り、自分は大事にしてもらえないのだと思いこんでいる。だから自分よりもつらい立場にいる人のことが許せない。自分の立場が脅かされてしまうからだ。
これは弟や妹が生まれた途端、兄や姉が赤ちゃん返りしてしまう様子にとてもよく似ているように思う。母は愛情にとにかく餓えていた。自身の夫からも娘(わたしではなく妹の方)からも愛情を注がれているというのに、その愛情に気づくことができないかわいそうな人だった。

彼女の親もまた毒親だったらしい。母はあまり自分の過去を語ろうとしなかったので状況からの推測でしかないのだが、母の姉がとても優秀で難関大学にも一発合格したことに比べ、母はそこまで成績がよくなかったためいつも比較され「お姉ちゃんに比べて、あなたは…」と言われ続けてきたようだ。両親の愛情を奪ったと認識している姉と同じ進学校にわたしも進んだことでコンプレックスを刺激された結果、親という立場を利用し従わせることで過去の鬱憤を晴らしていたのかもしれない。わたしからすれば「しらんがな」なのでとばっちりでしかないわけだが。

彼女がそのように育てられてしまったことはほんとうに残念でかわいそうだとは思う。どこかのタイミングで誰かが彼女を救ってあげていれば、もう少し人生が生きやすくなったことだろう。

衝突と決断

前編でも書いたとおり、わたしは必要最低限の荷物だけで実家に戻ってきた。しかし最低限とはいえ段ボール箱10箱分にはなるわけで、それを収納する場所が必要だった。
その頃の実家はとにかくモノに溢れていて、洋服ダンスの中もぎっしり、押し入れもぎっしり、天袋にもぎっしりでもはや何も入れられない状態になっていた。わたし用の収納用品として与えられていたのは三段の衣装ケースのみ。

サイズ的に一番近そうな参考画像。

10箱分の荷物がそんなケースに入り切るはずはない。かといって部屋のスペースは一人分の布団がやっと敷けるくらいしかなく、新たに収納用品を入れることも許されない。もともと一時的に住まわせてもらうだけの部屋のために家具を買うというのももったいない*1。そういう事情から、とりあえず段ボール箱を減らすために収納できるものは収納し、無理なものはそのまま箱に詰めて置いておくことにした。もはやそうするしかなかった。

しかしこれも彼女の気に障ったようだ。
ある日彼女はなんだかよくわからない布のケース(注)を衣装ケースの隣に置き、箱にきれいに詰めていたはずの荷物を勝手に入れ替えてしまっていた。

(注)参考画像。これにペラペラの蓋がついているものを想像していただきたい

見られて困るものはないとはいえ、たとえ段ボール箱の中であっても秩序立てて収納していたはずのものが完全に乱されており、ケースの中を見て発狂した。例えるなら、大きさがだいたい一緒だったからという理由だけでトイレ掃除用のブラシと食器洗い用のスポンジが隣り合わせで入れられているようなカオスがそこに広がっていた。その上このペラペラの布の箱を縦積みしているものだから、一番下の箱はすっかりへしゃげてしまっている。娘とはいえ、他人の持ち物を勝手に触り、その上大事に扱うこともしない。それがみやわき家の「母親」だった。

そしてそんな暴挙に出た上で更にこう言うのだ。
「あんたいい加減片付けなさいよ。ほら、近くの家具屋でよさそうなタンス売ってるって」

住まわしてもらっているという立場もあり、それまでは夕食が不衛生なまま放置されていようとも、暗に「早くこの家から出ていけ」と言われようとも、布団がせんべい布団だろうとも、パート先の愚痴のはけ口になろうとも、わたしの仕事の話はほとんどスルーされようとも、その上「あんたの会社のサービス使ったけど全然ダメだったわ〜」と言われようとも、全部ぜんぶ我慢してきた。これも借金を返すまでのことだと思ってきた。首のアトピー症状が再発してその原因が家庭内のストレスだとわかっていても、耐えるしかないと自分に言い聞かせてきた。

渡された家具屋のチラシをわたしは投げ捨てた。わたしの心のなかで、何かが音を立てて切れた。
「あのさあ、わたしは自分のことは自分でやるから。そうやって口出しせんとってくれんかな」

もう限界だった。何か言ってやらないと気が済まなかった。

そして母からは毒親特有のセリフ。
「あんたが部屋を片付けんから片付けといてやったのに、何なんその言い方は」
いや、「やったのに」って……とげんなりしつつ「頼んでないんですけど」と返したところ、

「頼まれてませんね!!!!」

突然逆ギレされてしまった。そして母はそのままめそめそと泣きながら、大きな音を立てて*2家の掃除をし始めた。

思い返せば、彼女は昔からこうだった。こちらがちょっとでも反論するとヒステリックに喚き、「どうせあたしが悪いんでしょ!!」とキレ、おいおい泣くので手がつけられない。そしてだいたいこういうとき、父親が「お母さんに謝りなさい」と言ってくる。どこからどう見ても母親の言い分のほうが間違っていたとしても、父親は母親の肩しか持たない。あるいは我関せずといった風で何も言わないままでいるかのどちらかだった。そのときは後者だった。彼はただ嵐が過ぎ去るのを待っていた。

そしてわたしはそれ以上言い返すのをやめた。この女には何を言っても通じない。そもそも聞く耳を持たないのだから。わたしは彼女に対して口を閉ざし、心も完全に閉ざした。

その日、推しに会いに行く日だったことがまだ救いだったかもしれない。
わたしは無言で家を飛び出し、イベント開催場所である大阪へと向かった。推しのこと以外はもう何も考えたくなかった。

怒涛の引っ越し

それからの流れは早かった。

借金のことは一旦置いておいて、すぐに引っ越せる家を探すことにした。幸いにもURで*3家賃が半額*4の、それも職場に近い物件があったので即決し、10日ほどで実家を出る算段がついた。できる限り実家にいる時間を減らすため、仕事を前倒しで進めて会社にいる時間を増やしてみたり、ある日は図書館にこもったり、最後の数日は新世界にある1泊1,500円程度の安宿に泊まったりして過ごした。

図書館で過ごす間に、わたしは「毒親」という概念を知った。
時間の限り毒親に関する本を読み漁り、自分がこれまで感じていた生き辛さの正体に気づいた。とともに、これまでの人生に絶望した。

毒になる親

毒になる親

当時読んだ本

ただ親がそういう人だったというだけで、なぜここまで悲惨な運命を辿らなければならなかったのだろう。
反抗できるタイミングはいくらでもあったというのに、どうして抜け出せないままこんな年齢にまできてしまったのだろう。
せめて祖父母が生きている間に*5親の異常さに気づくことができれば、もっと楽に人生を歩めていたはずなのに。

自分がこれまで信じてきた価値観が一気にひっくり返ったようだった。新居に移ってからも、わたしはずっと泣きながら日々を過ごした。自分の人生はいったい何だったのだろう。親が身勝手だというだけでなぜここまで苦しまなければならないのだろう。悶々と考え続けていた。

引っ越し後

そして引っ越したのが現在住んでいる家だ。1年以上住み続けたため家賃は元通りになったもののそれでも相場を考えればかなり安く、駅からも近いので生活には全く不便を感じない。通勤時間が1/3になったことも大きなメリットだった。

引っ越してから数ヶ月後、首だけでなく体中の関節に出ていたアトピー症状がすっかり落ち着いた。今では痕も残っていないほどきれいに治っている。
カーストの最底辺で支配者の暴力を受け続けるということがいかに体に悪影響を及ぼすのか、身を持って思い知らされた。実家を飛び出して本当によかった。今ではあの頃の自分に感謝している。あのまま実家に住み続けてコロナ禍を迎えていたらと思うとぞっとする。

「家族を大事に」。この言葉はときに強力な呪いにも変化する。
家族を大事にするよりも前に大事にしなければならないのは、他でもない自分自身だ。自分を大事な存在だと思ってくれる人だけを大事にしていけばいいとわたしは考えている。たとえ血縁上の家族であっても、自分を奴隷扱いする人のことを大事にする必要などない。

わたしの場合、大事にすべき存在は血の繋がった家族ではなかった。それだけのことだ。

*1:そもそも、家具を買うよりも借金を返済するほうが先だろう

*2:自分は怒っていますアピール

*3:保証人不要という条件に合致した

*4:いわゆる「事故物件」というやつ

*5:父方の祖父母は両親が結婚するよりも前に事故死、母方の祖父母もその頃にはどちらも病死していた