みやわきろく

団地でのびのびひとりぐらし

絶望した心には絶望しか寄り添えない

あなたの友人が人生に絶望し、苦しみの最中にいるとする。
あなたは友人にどんなことばをかけるだろうか?

「ポジティブであれ」という呪い

冒頭の問いに対して、多くの人は「生きていればそんなこともある」「落ちたら後は上がるだけ」「苦しいのは今だけだ、前を向こう」などと答えるだろう。しかしそのような言葉は、彼が本当に必要としているものなのだろうか。

少なくとも、わたしにとってはそうではなかった。
「生きていればそんなこともある」
そんなことわかりきっている。今言われても…

「落ちたら後は上がるだけ」
じゃあ上がるのはいつ?いつまで苦しめばいいの?

「苦しいのは今だけだ、前を向こう」
前を向けるだけの元気があるならとっくにそうしてる。

どの言葉も否定的に捉えてしまうのでまったく心に響かない。むしろ「こんなことでずっと落ち込んでいる自分はだめな人間だ」「このまま這い上がれないのではないか」「ならもういっそ死んでしまったほうがましなのでは」とまで考えてしまうようになる。

先日、ほんとうに何もかもうまくいかなくなり人生に絶望した状態でこのような記事を書いた。
mywk6.net
こんなことをブログに書いても仕方がないと思いながらも、書かずにはいられなかった。どす黒い感情を自分の中に閉じ込めたままだと本当に心が壊れてしまうと感じたからだ。

そしてこの記事を書いた後、「何もかもうまくいかない」「生きていても仕方がない」「人生 絶望」などでググりまくっていた。世の中にもっと大変な人たちがいる中、しょうもないことで悩んで落ち込んでしまっている自分が本当に嫌で、どうにかして這い上がる方法がないか探そうとしたのだ。

見つかった記事の大半が、前述のように「生きていればそんなこともある」「落ちたら後は上がるだけ」「苦しいのは今だけ」「神様が与えた試練」「乗り越えなければ強くなれない!」といったポジティブな人目線のものばかりで、わたしはますます落ち込むことになった。
そうじゃない。確かにいつまでも落ち込んではいられないし、落ち込む理由が小さすぎることもわかっている。それでも、今わたしが探している言葉は他にある。目にすることで自分をますます落ち込ませるようなものではなく、隣で寄り添ってくれるような言葉が、きっとどこかに……

絶望に寄り添うことばたち

そこで見つけたのは、この一冊の本だった。

絶望読書~苦悩の時期、私を救った本~

絶望読書~苦悩の時期、私を救った本~

  • 作者:頭木弘樹
  • 発売日: 2016/07/01
  • メディア: Kindle版

この本には以下のような説明書きが添えられている。

絶望をすすめる本ではありません。
絶望からの立ち直り方について書いた本でもありません。
立ち直りの段階の前の「絶望の期間」の過ごし方について書いた本です。

これだ、と思った。
今まさにわたしは絶望していて、立ち直りたいと思ってはいるがそんなにすぐに立ち直れるものではないとも思っている。絶望の期間をどう過ごせばいいか。今のわたしにふさわしいものじゃないか。

すぐに購入し、Kindleで読んだ。読みながら何度も涙した。相談できるような友人も恋人も家族もいないわたしにも、こうして寄り添ってくれる「人」がいるじゃないか。そう思えた。

筆者は20代で大病を患い、目の前にあった希望の道がすべて閉ざされた経験をもつ。筆者に比べればわたしの絶望など塵みたいなものだが、それでも彼は本書の中でこう語る。

世の中には、もっと大変な人はたくさんいるわけで、これくらいのことで、ここまで落ち込むのは、大げさだったとは思います。

そう、わたしと全く同じことを言っているのだ。わたしよりも遥かに大きい絶望を味わったのにもかかわらず。
絶望の程度に差はあれども、そのときの感情や思考は非常に似通っている。この事実がわたしを元気づけてくれた。「そんな些細なことで絶望するなんて」と自分を責める気持ちがすうっと晴れていくように感じられた。

絶望に浸らないと、絶望からは抜け出せない

ひとは絶望したとき、一刻でも早く立ち直れるようにともがき苦しむ。それは「ポジティブでいないと幸せにはなれない」だとか「いつまでもメソメソするな」といったような社会集合的意識がそうさせているのかもしれない。しかし早く沼から抜け出そうとマイナス感情を根性で抑え込んでしまえば、後々その感情がふとした瞬間に浮かび上がり更に深い絶望に引きずり込まれてしまうのだと本書の中でも書かれている。絶望の程度にも個人の性質にもよるが、ある程度時間をかけなければかえってその絶望に苦しめられることになってしまうわけだ。

確かに、ふとした瞬間に昔の苦い記憶が蘇って悲しくなったり、イライラしてしまったりすることは多々ある。それも、過去の時点でそうした感情と真正面から向き合い、感じきっていなかったからこそ起こることなのかもしれない。

そして改めて思い返してみると、新型感染症の蔓延によりすべての趣味が奪われてしまったときも、推しが解散してしまったときも、わたしは「まあ料理はできるし」「溜めてたドラマでも見よっかな」「この状況じゃしょうがないよね」などと自分の内側にあるほんとうの感情を押し込め、悲しみにも絶望にも浸りきってはいなかった。だからその頃の押し殺された感情がいつの間にか心の奥底で発酵して膨れ上がり、今こうして取り返しのつかない絶望的な気分を生み出してしまったのではないだろうか?

だとすれば、わたしのこの絶望も、無理にポジティブ思考や勉強などへの逃避で抑え込んでしまうのではなく、きっちりと向き合って、浸りきって、癒やしていくしかないのだろう。

なので、しばらくの間はこのブログも過去を振り返ったり、暗い気持ちを吐き出したりするものが多くなってくると思う。ここはわたしの庭で好き勝手に作るところなので、自分を癒すために有効活用させていただくことにした。
同じ著者の別の本も買ってみたので、

絶望名人カフカの人生論

絶望名人カフカの人生論

まだまだゆっくりと絶望に付き合っていこうと思う。今度こそ、きちんと前を向いて歩いていけるように。